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吉野の山間僻地の人が食べる柿の葉鮨というものの製法。
米一升に付酒一合の割りで飯を焚く。酒は釜が吹いて来た時に入れる。さて飯がムレたら完全に冷えるまでさました後に手に塩を付けて固く握る。この際手に少しでも水気があってはいけない。塩ばかりで握るのが秘訣だ。それから別に鮭のアラマキを薄く切り、それを飯の上に載せて、その上から下記の葉の表を内側にして包む。柿の葉も鮭もあらかじめ乾いたふきんで十分に水気を拭き取っておく。それが出来たら、寿司桶でも飯石でもいい、中をカラカラに乾かしておいて、小口から隙間のないように鮨を詰め、押し蓋を置いて漬物石ぐらいな重石を載せる。今夜付けたら翌朝あたりから食べることが出来、その日一日が最も美味で、二三日は食べられる。

— 『陰翳礼讃』谷崎潤一郎


味覚に関してたいがい博愛主義的ですが、偉ぶっているようなヤツだけは容赦なく否定したくなります。<もちろん芸術も。>大雑把に行って、王族貴族や選民意識を持った人間が好んだものには、対して旨くもないものがいっぱいあると思っています。グルメとは味覚障害の一種かと疑っています。
この歳になるとごく稀に接待で懐石料理に連れて行ってもらったりしますが、奢ってもらってナンですが、料理に関して「ふん、口ほどでもない奴め」と思うことが多いです。裏ごしして滑らかになるまで練ってから蒸したり、雑味を根こそぎ取ったりして時間をかけた末、なんて言うか、味覚に勢いがなく、死んじゃんうんですよね。そんなソフィスティケイト、ちっとも良いと思わない。わがままな注文主のご機嫌をオドオド伺ってきた歴史的推移が透けて見えて、思わず「けっ」て思っちゃいます。北京で接待された宮廷料理より、ゴキブリだらけの食堂であっという間に出てくる空心菜炒めの方が、ずっと旨かったですし。あれがボクの料理の理想です。

— 会田誠


「惚れたから自然とヤった、ヤったら自然とガキが出来た、出来たから自然と一緒に育てることになった、以上」—-このことに関して、それ以外の要素を自分の人生に付け加えるのは極力避けたいのです。僕らはいわゆる「できちゃった婚」ですが、僕の本音を言えば、それ以外の理由で結婚する人の気が知れません。ガキがいないなら同棲のままでいいのにってフツーに思っちゃいます。

— 会田誠 『カリコリせんとや生まれけむ』


科学の分野では革命的なことはいつも、一人二人の人間から始まっています。(中略)だから、集団の知能もあるかもしれないけれども、新しいアイディアを抑圧しようとする集団の危険も大いにあるわけで––––。なにしろ5000万人の人たちが、ブッシュが一番良い大統領になると推測したわけですから。

— 『知の逆転』 なぜ福島にロボットを送れなかったかーーマービン・ミンスキー


巨大な力を持つアメリカの企業は、地球温暖化というのは根拠のない仮説にすぎないと、やっきになって大衆の説得を試みていて、しかも成功しつつある。人為的な理由による地球温暖化を信じているのは、人口の三分の一に過ぎないわけですから。

— 『知の逆転』ー帝国主義の終わり ノーム・チョムスキー


駄洒落というのは、言葉の表層上の類似だから、当然、意味上のつながりを欠いている。意味連関がかけた生を生きるということは、人生を極めて短期的に生きていくということだ。キリストも、明日のことを思い煩うな、程度のことは言ったが、三十秒後のことを思い煩うな、とまでは言わなかったし、ましてそんなことを実践することはできなかった。明日は明日の風が吹く、どこ路ではないのだ一瞬ごとに次は次の風が吹く、ということなのである。人生の意味もへったくれもない。そんなことを言っているから駄目なんだ!

— 永井均『マンガは哲学する』 これも究極超人だーー「天才バカボン」


私はなぜ、九年後や、二十三年後や、三十三年後の自分のために、いまの自分の利益や幸福を犠牲にしなければならないのであろうか。それは一種の利他主義にならないだろうか。長期的な利己的配慮は、それを要求する「自分」たちが他者としていまここに実在してしまえば、もうすでに利他主義であり、一種の道徳に転化するのである。真の利己主義は利「今」主義を含むはずなのである。「己」は「今」を含むからである。

— 『マンガは哲学する』 永井均


大人になれば自ずと、自分にとってあるべき環境に身を置けるものと彼は信じていた。敵意や悪意を向けられることのない、好意と敬意に満ちたほのぼのとした世界が、春生の理想郷だった。そんな楽園の空を、トキたちが自由に飛び回っている風景をときおり思い描いていた。

— 『ニッポニアニッポン』 阿部和重